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奈良地方裁判所 昭和37年(レ)10号 判決 1964年3月23日

控訴人 乾木材産業株式会社

被控訴人 松本嘉一

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の申立

一、控訴人の申立

「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」

との判決を求める。

二、被控訴人の申立

主文同旨の判決を求める。

第二、当事者の主張とその認否

一、被控訴人の主張

(一)  被控訴人は天理市櫟本町三、〇四一番地宅地六九坪を所有している。

(二)  そして被控訴人は十数年前右宅地の内東部において間口三間半奥行八間の別紙図面<省略>記載の赤線をもつて囲繞する範囲の土地二八坪(以下本件宅地と略称する)を東田ウタに賃貸し、同人は本件宅地上に家屋番号天理市櫟本町三三九番木造瓦葺平家建居宅建坪一二坪一合、木造瓦葺平家建居宅建坪五坪七合、木造瓦葺平家建物置建坪八合五勺、本造瓦葺井戸屋形建坪八合五勺(以上の建物を以下本件家屋と略称する)を所有して居住し、本件宅地を占有していた。

(三)  ところが右東田は、昭和三四年頃本件家屋を本件宅地の賃借権とともに被控訴人に無断で控訴人に譲渡し、以来控訴人は本件家屋を使用し、被控訴人に対抗し得べき正当権限に基づかないで本件宅地を占有している。

(四)  よつて被控訴人は本件宅地の所有権に基づき控訴人に対しその明渡しを求める。

(五)  なお被控訴人は本訴の原審において、当初乾幾治郎のみを被告として本件宅地の明渡訴訟を提起したが、これは当初同人が個人で本件家屋において材木店を経営し、本件宅地を占有しているものと思い、同人を被告として右訴訟を提起したのであるが、その後本件家屋で営業し、従つて本件宅地を占有しているのは、控訴人であり、右乾幾治郎は控訴人の取締役で、同人の実子の乾秀彰が控訴人の代表取締役であることが判明したので、控訴人を被告に変更する手続をとつたのである。

二、被控訴人の主張に対する控訴人の認否と控訴人の主張

(一)  被控訴人の主張事実中(一)、(二)の各事実と同(三)の事実のうち控訴人が本件家屋を使用している事実は認めるが、右(三)のその余の事実は否認する。

(二)  控訴人は昭和三四年二月頃東田ウタから本件家屋を敷金一〇〇、〇〇〇円、その家賃の前払金として金五〇、〇〇〇円を支払つて賃借して占有しているに過ぎないから、被控訴人の控訴人に対する本件宅地の明渡請求は失当である。

(三)  被控訴人は原審において被告を乾幾治郎から控訴人に変更し、これに対し控訴人等から右変更に対し異議の申立をなしたが、原裁判所はこの当事者の変更を訴の変更として許容した。然しながら、訴の変更として当事者を変更することは許されないものであり、また仮りにいわゆる任意的当事者変更が許されるものとしても、原審において訴の変更として扱つたものを控訴審において任意的当事者変更として認めることはできない。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、本件の原審における被告の変更の問題について争いがあるので、先ずこの点について判断する。

本件記録によれば、

原審において、原告である被控訴人(以下単に被控訴人という)は当初乾幾治郎を被告として訴を提起し、その訴状が昭和三五年二月三日同人に送達され、同人から答弁書(本件家屋を占有しているのは控訴人で、乾幾治郎は本件家屋、本件宅地に関係がない旨主張し請求棄却の判決を求めたもの)が提出され、昭和三六年一月二六日の第九回口頭弁論期日まで双方提出、申請の証拠が取調べられ同日全部の証拠調べが終了し、一旦その弁論が終結され判決言渡期日が同年二月一六日と指定されたが、その後同年同月九日被控訴人から右弁論再開の申立書並びに同日受附被告を右乾幾治郎から乾木材産業株式会社(以下単に乾会社という)(控訴人)に訂正する旨の「訴状訂正の申立」と題する書面(以下本件訂正申立書という)が原裁判所に提出され、右書面は遅くとも同年二月一六日迄に原裁判所に出頭した被告の乾幾治郎の訴訟代理人弁護士山田一夫(当審における控訴人の代理人の一人)に手交され、同年同月一六日原裁判所は弁論を再開し、同年四月一〇日の第一一回口頭弁論期日において出頭した被控訴人の訴訟代理人(当審における被控訴人の訴訟代理人に同じ)は本件訂正申立書に基づいて陳述し、これに対し乾幾治郎の訴訟代理人から異議が申立てられた。

本件訂正申立書には、当初の訴状の記載事項中被告として乾幾治郎とあるのを乾会社(控訴人)と訂正する旨の記載の外、原告(被控訴人)の氏名及び請求の趣旨と請求の原因は従前の訴状記載のとおりであるけれども、なおこれに附加して原告(被控訴人)は本件訴訟提起後、乾幾治郎ではなく同人の子の乾秀彰がその代表取締役をしている乾会社(控訴人)(乾幾治郎は単なるその取締役)が本件家屋を東田ウタから買受け、同所で営業をしてこれを使用している旨の記載があり、かつ金一〇円の印紙が貼用され(右訴状には訴訟物の価格は金八、七二二円と記載され、金一〇〇円の印紙が貼用されている)、附属書類として控訴人の資格証明書が添附されている。そして昭和三六年四月二三日原裁判所に乾会社(控訴人)から乾幾治郎の訴訟代理人と同一人である山田一夫弁護士をその訴訟代理人に委任する旨の委任状が提出され、同年六月二二日の第一三回口頭弁論期日において乾会社(控訴人)及び乾幾治郎の訴訟復代理人は被控訴人の本件訂正申立には異議があるが、当事者の変更が認められるとすれば従前の訴訟行為を追認すると陳述し、同日一旦その弁論が終結されたが、原裁判所は昭和三七年二月一三日再び右弁論を再開する旨決定し、同年三月九日の第一四回口頭弁論期日において被控訴人代理人から本件宅地の範囲を図面で特定したうえ、乾会社(控訴人)に対し本件家屋の収去と本件宅地の明渡等を求める旨の請求の趣旨訂正申立書が陳述され(この申立書は控訴人及び乾の訴訟代理人に原裁判所の書記官から同年二月一四日書留郵便に付されて送達された)、乾会社(控訴人)及び乾幾治郎の訴訟代理人がこれに対し請求棄却の判決を求め、右乾幾治郎から乾会社(控訴人)への当事者の変更が認められるとしても乾幾治郎に対する訴の取下げには同意しない旨の陳述がなされて右弁論は終結され(なお最初の弁論再開後は証拠調べはなされなかつた)、原裁判所は同年三月一九日原判決を言渡した。

との事実が認められる。

さて、訴が提起され訴訟が裁判所に係属した後に原告が相手方たる被告を変更することの可否については、これを訴の変更として積極に解すべきものとする見解も存するが、訴の変更についての民事訴訟法第二三二条は請求の趣旨または請求の原因を変更する場合の規定であること法文上明らかであり、当事者は訴訟法律関係の主体であり、右規定はかかる主体相互間における訴訟法律関係の同一を前提としてその客体の変更のみを指すものというべきであるから、訴訟主体たる被告の変更を包含するものではなく、訴訟係属後の当事者の変更は特別の規定が存しない限り許されないものと解する。けだし、訴の変更として当事者の変更を許すものとすれば、その性質上右変更後の新当事者は変更前の旧当事者の訴訟上の地位を当然に承継することとなり、従つて旧当事者のなした訴訟行為の効果(たとえば自白の効果や時機におくれた攻撃防禦方法提出の効果)は新当事者にも及び、また訴変更の要件の存する限り相手方の同意も必要ではないこととなり、しかもこの変更は控訴審においてもこれをなし得ることとなるのであるから、かくすれば新当事者の審理の利益、審級の利益が奪われる場合があるばかりでなく、旧当事者もまた訴訟上不利益を受けることがあるからである。

そして民事訴訟法の規定の上では同法第七二条、第七四条、第二一六条等のように権利承継または訴訟承継を生ずる場合に被告の変更を認めているに過ぎないが、右認定事実によれば、乾幾治郎と控訴人との間には右権利承継、訴訟承継の関係もなく、また控訴人は法人であつて乾個人とは別個の法人格であるから当事者の表示の訂正が許される関係にもない。然しながら原審における被控訴人の本件訂正申立の趣旨は、要するに、被控訴人は本件訴訟係属後その訴を提起すべき相手方たる被告を誤つたことが判明したので、今後乾幾治郎に対する請求をやめ、乾会社(控訴人)を被告として同会社に対し本件家屋の収去、本件宅地の明渡等を請求するというのであるから、本件訂正申立書の体裁はともかく、この申立は原告である被控訴人において従前の被告である乾幾治郎に対する訴を取下げ、控訴人に対し新たに訴を提起するという二つの複合した訴訟行為、すなわち講学上いわゆる任意的当事者変更を申立てたものと認められ、かかる任意的当事者変更はそれが第一審においてなされ、それぞれの要件(新訴の提起と旧訴の取下げについての)を具備する限り各々有効と解されるので、以下本件訂正申立が任意的当事者変更として控訴人に対する新訴の提起の要件を具備しているか否かについて検討する。

右認定事実によれば本件訂正申立書は控訴人に対しては送達されず前記乾幾治郎の訴訟代理人に手交されているのであるが、その後同訴訟代理人は控訴人より、被控訴人からの本件請求事件について控訴人の訴訟代理を委任され、同訴訟代理人及び控訴人の訴訟復代理人(右乾の訴訟復代理人でもある)において被控訴人から控訴人に対する請求につき弁論をなしており、また本件訂正申立書の記載のみでは控訴人に対する請求の趣旨は明らかではないが、その後被控訴人から提出され右訴訟代理人に送達された請求の趣旨訂正申立書によれば右請求の趣旨は明瞭であり(これに対し右訴訟代理人から請求棄却の判決を求める申立がなされた)、右請求の趣旨についてと同様本件訂正申立書の記載のみによつては右請求の請求原因もまた明らかとはいいがたいが、もともと簡易裁判所である原裁判所の訴訟手続では民事訴訟法第三五三条に規定するように口頭による訴訟の提起すら許されるのであるから、本件記録によつて窺われる原審における弁論の全趣旨に徴すれば被控訴人は控訴人に対し原判決摘示の被控訴人の主張事実を主張したものと認められ、更にこの請求原因事実については本件記録によれば、当審において被控訴人が提出し控訴代理人に適法に送達された控訴状に対する答弁書にはその事実関係につき原判決摘示の被控訴人の主張事実が引用されており、また本件記録から控訴人に対する本件訴訟の訴訟物の価格は右乾に対するものと同じであり、従つてその訴訟の提起については金一〇〇円の印紙を貼用すべきところ、本件訂正申立書には前記のように、金一〇円の印紙が貼用されているのみであつたけれどもこの点についても被控訴人は当審において昭和三八年三月二七日金九〇円の印紙を追貼していることが本件記録上認められるのであつて、原審昭和三六年二月九日受附の本件訂正申立書により被控訴人から控訴人に対する新訴の提起があつたとみるときは申立当初存した手続上の瑕疵も結局当審における口頭弁論終結に至る迄に治癒され、右両当事者間の本件訴訟は適法に当裁判所に係属されるに至つたものというべきである。

なお原審において乾幾治郎の訴訟代理人から右乾に対する訴の取下げにつき同意しない旨の陳述がなされたから、原審においては被控訴人から同人に対する訴訟(旧訴)と控訴人に対する訴訟(新訴)がともに係属し、両訴訟の弁論が併合(民訴法第一三二条)されて原判決が言渡されたものと認められる。(従つてこの場合は通常の弁論の併合の場合と同様、旧訴においてなされた証拠調べの結果は新訴において、両当事者から特に援用する迄もなく併合された新訴の証拠となる。)尤も、前記認定事実に見られる原審における本件訂正申立書提出後の訴訟手続と原判決の理由の一部を対比すると、原裁判所は本件訂正申立をもつて訴の変更としての当事者(被告)の変更と取扱つたかのようにも窺われる。然しながら原判決を全体として検討すると、結局原裁判所は本件訂正申立をもつて前示のように任意的当事者変更、すなわち被控訴人から控訴人に対する新訴の提起と従前の被告の乾幾治郎に対する旧訴の取下げの二つの訴訟行為の複合したものとして取扱つたものと認めるを相当とする。というのは、原判決によれば、原裁判所は本件訂正申立により右乾幾治郎に対する訴の取下げが申立てられ控訴人に対する訴が提起されたが、右乾において右取下げに同意しないから、控訴人に対する訴の他に右乾に対する訴も係属しているとして、この両者につき判断して判決を下しているが、これは正に前説示のように任意的当事者変更の取扱いであつて、訴の変更としての当事者の変更とはいえないからである。

二、そこで次に被控訴人の控訴人に対する本件請求の当否につき判断する。

被控訴人が天理市櫟本町三、〇四一番地宅地六九坪を所有し、そのうち本件宅地を東田ウタに賃貸し、同人が本件土地上に本件家屋を所有して居住し本件宅地を占有していた事実及び控訴人が本件家屋を使用して占有している事実は、当事者間に争いのない事実である。

被控訴人は、ウタが本件家屋を本件宅地の賃借権とともに控訴人に譲渡し控訴人が本件宅地を占有するに至つたと主張するのに対し、控訴人はウタから同人所有の本件家屋を賃借しこれを使用している旨抗争する。

右当事者間に争いのない事実、それに成立に争いのない乙第一、第九、第一一号証(但し同第九、第一一号証の各記載中いずれも後記措信しない部分を除く)と原審証人松本富次(第一、二回)、原審(第一、二回)及び当審証人山口善蔵、当審証人東田フサヱの各証言(但し当審証人東田フサヱについては後記措信しない部分を除く及び原審及び当審における被控訴人松本嘉一及び当審における控訴人代表者乾秀彰の各本人尋問の結果(但し後者については後記措信しない部分を除く)並びに原審における鑑定人森川孝雄の鑑定の結果と検証の結果を綜合すれば、東田ウタは被控訴人から本件宅地を賃借し、昭和一二、三年以後はウタ所有の本件家屋に独りで居住する生活を送つてきたが、老齢で不用心になつたため、昭和三三年頃天理市川原城町で鉄工業を営む養子の東田多四郎に引取られ同人方に転居し、本件家屋は空家となるに至つた。ところが、たまたま控訴人の事務所とその代表取締役乾秀彰の居宅が本件家屋のごく近くに存していたので、同人は東田ウタの右転居後間もなくして本件家屋が空家となつていることを知つた。当時控訴人は、その関係会社であつた和興商事株式会社の経営不振に伴う措置に関し、同会社の営業部門中、建築材料の新製品の販売部門を控訴人において取扱うことになつて、同会社から引継いだ右商品の置場を必要としていたところ、本件家屋は前記のとおり控訴人の事務所にも近く右商品の置場には好適と思われた。そのため乾秀彰は控訴人において本件家屋と本件宅地の賃借権を譲り受けるべく、東田ウタと懇意の間柄にあつた乾秀彰の母乾カメノ等を通じてウタやその養子の東田多四郎といろいろ話し合つた結果、昭和三四年三月一日頃控訴人はウタから同人所有の本件家屋を本件宅地の賃借権とともに代金一五〇、〇〇〇円で買受けることに決り、同日頃迄に同人に右代金の全部の支払いを了し、控訴人は同年四月頃から本件家屋の表入口と床を金一〇、〇〇〇円ないし金二〇、〇〇〇円の費用を支出して修理改造し、以後右商品の倉庫と車庫に使用して現在に至つている。なお、本件家屋は建築後一〇〇年以上を経過してその腐朽甚だしく、本件家屋のうち、木造瓦葺平家建坪一二坪一合の本屋はその一部を控訴人で現に使用しているものの東に傾斜し壁も落ち、また物置建坪八合五勺、井戸屋形八合五勺、及び最北端にある木造瓦葺平家建坪五坪七合いずれも相当に荒廃し現状では住居の用には適せず便所も使用不可能の状態にあるので、右売買当時においての本件家屋の売買価格は本件土地の賃借権を含めて金一三〇、〇〇〇円ないし一五〇、〇〇〇円程度であつた。

との事実が認められる。

成立に争いのない乙第九ないし第一二号証(原審証人東田フサヱ、同乾カメノ、同乾秀彰の各証人調書と同じく被告乾幾治郎の本人調書)の各記載及び当審証人日下博、同東田フサヱ、同東田多四郎の各証言と当審における控訴人代表者乾秀彰の本人尋問の結果中いずれも右認定に反する部分は措信し得ず、また成立に争いのない乙第四号証、第五、第六号証の各一、二、第七、第八号証の各一ないし三の存在も右認定の妨げとなるものではなく、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人は本件家屋を東田ウタから買受けて、その所有権を取得し、これを所有することによつてその敷地である被控訴人所有の本件宅地を占有しているに過ぎず、他に本件宅地の占有につきその所有者である被控訴人に対抗し得る正当権限を主張立証しない控訴人は(なお原審、当審を通じての全証拠によるも東田ウタから控訴人に対する本件宅地の右賃借権の譲渡につき被控訴人の明示若くは默示の承諾があつたとの事実は認められない)、本件宅地の所有権者である被控訴人に対し本件家屋を収去し本件宅地を明渡すべき義務があるといわなければならない。

そうだとすれば、控訴人に対し右収去、明渡しを求める被控訴人の本訴請求は正当であつて、これを認容した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、民事訴訟法第三八四条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 藤井俊彦 村瀬鎮雄)

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